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2016年09月25日  
下関市長府に行ってみました!
 ■ 下関市長府へ行ってみました!



長府は、山口県の西の端、山陽自動車道・下関I.C.から車で約15分ほどのところに位置します。

大化の改新後、ここ長門の国に国府が置かれたことから"長府"と呼ばれるようになったそうです。(ネーミングは超フツー!)
 


 
 
  長府の歴史とともに流れ続けている「壇具川(だんぐがわ)」は、祭壇に使った道具を流した川ということから名前が付いたそうです。
今は、「ホタルの里」として親しまれておりカモも泳いでいました。





"長府"は、戦前、下関市と合併し、現在、町名としては残っていません。                ↓ ↓
 褐色系のカモは"カルガモ"かも。街のトーンとマッチしています。



 
   
   城下町として栄えた"長府"地区は、平成25年度都市景観大賞を受賞しました。

  「古江小路」
   土塀と鬱蒼と茂る木々が街の景観を作り出しています。
   ずっと向こうにいらっしゃる方は、警官ではありません。
 
 "城下町長府"は、武家屋敷が立ち並びます。
塀の中は、お屋敷のような古い家屋ではなく、良ーく見んかったら分からんが、ふつーの"民家"なんです。

 
 
   つまり"城下町"の風情を残すのは、この独特の"土塀"なんです。ドベー!


「菅家長屋門・練塀」は、下関市の指定有形文化財にも指定されています。
伏せ瓦の下にある"格子窓"が独特の趣を見せています。

 
 "土塀"が特徴の"長府"の町並みは、自然と街のトーン(色)も統一感があります。
塀に伝っている植物も歴史を感じさせます。
 
 
  「横枕小路」
 長府城下町の小路の中でも代表的な通りで、乃木家(日露戦争を指揮した)もこの辺りにあったそうです。乃木坂46とは無縁坂です。
 

時々、地元の方のクルマも通りますが、車ではなく、これからの季節は、 歴史を感じる通り自転車で走り抜けると気持ちよさそうです。


 
   
   
「長府毛利邸」は、毛利元就の孫、元秀がこの地に初代藩主として"長府藩"を築いた後、第14代当主の毛利元敏が、明治36年に建てた邸宅です。
 
 毛利元敏は、関ヶ原の戦いなどでは、毛利家全軍を指揮し、豊臣秀吉や徳川家康の知遇を得て、毛利家の存続に尽くしました。ばっ知遇!

             毛利邸の玄関前にある毛利元敏像 





  ↓ "彼岸花"
 
     母屋の各所には、野の花が生けてあり彩を添えています。
 
毛利家は、明治36年から大正31年(1903ー1919)までこの邸宅を使用したそうです。たった16年です。
完成直後の明治35年11月には、明治天皇もご宿泊されたそうです。

 
 
   広々とした庭園の先にはが流れ、小高い丘からはが流れていました。
 
 きっと紅葉新緑のシーズンは、更に目を奪う美しさで出迎えてくれそうな立派な庭園です。今はそれなりにが綺麗でした。

 
 
   この辺は、神社やお寺が多くありますが、先ほどの「横枕小路」の隣には乃木大将の夫婦が祀られている"乃木神社"があります。
学問の神様ということで、受験生っぽい方々がお参りに来られていました。
 
 「どうか浮かれますように・・・」パンパン!


右の画像は、「君が代」に出てくる"さざれ石"(石灰質角礫岩)です。岐阜県指定天然記念物


 
   
 
「忌宮(いみのみや)神社」
乃木神社と道路を隔てて建っているのが1800年の歴史を持つ"忌宮神社"です。
こちらは"安産"の神様です。

 
 また、隣りの場所に「荒熊稲荷神社」があります。
このふたつの神社の境内にはニワトリが放し飼いになっています。鶏だい!(けいだい!)
烏骨鶏も居るなんて滑稽です。もう結構です。
 
   
  静かな街ですが、土塀の合間にお洒落なお店も点在します。 
「画廊&甘味膳"梵天"」もそのひとつ。
"珈琲"と書いてありましたが、生姜ご飯とにゅう麺を食べました。
画廊だけあって見た目にも美しいでした。 
   
  11月18日には、新しく「下関市立歴史博物館」がオープンします。
また、翌19日と20日の土日は、「彩の城下町長府・秋」と題し、キャンドルナイト・イベントも開催されますので、この時期に合わせて行かれては如何でしょうか?

 まだ建築中でした。